今だから言える引越しの本音 =25年間のノウハウ=

筆者の引越業界歴

1951年群馬県に生まれる。
1980年空港勤務から引越し会社に転職する。

1981年タイ、バンコクに赴任する(タイ語が話せたのがその理由)
      タイ語よりも中国語、フランス語のほうが得意だったがそのいずれの国にも支店が無かっ
      たためタイに転勤になった。
      引越し作業員レベルでは英語を話す者はいない。マネージャークラスはほとんどが流暢な
      英語を話す。 タイ語が大変役に立った。
      北はチェンマイからコンケーンまで日本人がいるところならどこへでも行くのが引越しの
      仕事。しかし南方には縁がなかった。日本人もほとんどいなかった。今はプケット当たりに
      日本人はたくさんいるだろうが。

1985年一旦日本に帰任。3ヵ月後にアメリカ、ロスアンゼルスに転勤。
       ロスアンゼルスのことを日本では「ロス」というが、地元の人間は「L.A.」と言う。それで他
       から来た人間かどうかが区別できる。ロスアンゼルスは大きい町だと思った。日課で高速
       を1時間飛ばしてお客さんのところへ行くのが普通だった。しかし、ニュージャージーに来
       て見るとさらに守備範囲が大きいことが分かった。

1986年東海岸のニュージャージー州に転勤になる。
       ニュージャージーと言ってもニューヨークのマンハッタンの目と鼻の先の距離である。
       かなり人使いが荒い会社だと思ったがその後は問題なかった。
       ニュージャージーの事務所の守備範囲は南はワシントンDCから北はボストンまでが出張
       扱いにならない「近距離」である。片道350-400km車で日帰りコース。1日800km走る。
       過去最高は1日1500km、セントルイスからニュージャージーまで。15時間走った。
       この頃はヒスパニックと言えばカリフォルニアのメキシコ人のことを指すのが普通だった。
       東海岸ではプエルトリコを除いてほとんどいなかった。
       作業員は皆英語を話す(当たり前の話)ので仕事は楽だった。

1993年1月ドイツ、デュッセルドルフに転勤になった。
       ここでは作業員は一切英語を話さなかった。(話せないのだ。隣のフランスとは違う)
       一番驚いたのは引越作業員と日本人駐在員の住むアパートが同じレベルということ。
       前任地のアメリカやタイでは絶対そのようなことはない。所得が違いすぎるため。
       しかし、ドイツではまったく同じレベルであった。
       作業員が英語を話さないので不便を感じ、「ドイツ語も勉強しよう」と思い立ち辞書や語学
       書を買った。 三週間ほど真面目に勉強したが、歳も歳、40歳はとうに過ぎていた。
       若い時と違い記憶力の問題に気づく。それと「今更ドイツ語を勉強しても数年後にはドイツ
       を離れたらドイツに赴任することは二度と無いだろう」と思ったため、三週間で止めた。
       統合してEUになっていたので仕事もドイツを中心としてフランス、オランダ、ベルギー、
       スイス、チェコは毎月出張が入った。特にドイツ国内の次はスイスの仕事が多かった。
       ご存知のように東のチューリッヒはドイツ語、西のジュネーブはフランス語を話す。
       ちなみにドイツではジュネーブのことを「ゲンフ」と呼ぶ。
       フランスでもベルギーでもフランス語が役にたった。オランダ語は話せないが、オランダ人
       はほとんどの人が英語を話す。

1998年ニュージャージーに転勤になった。
       赴任した日の翌日に帰任、つまり、5年と1日ドイツにいた計算になる。ニューワーク空港
       に降りて一番最初に驚いたことはでかでかとスペイン語で「BIENBENIDO」と書いてあっ
       たことだ。5年の間にヒスパニックが大挙して中南米からニューヨーク界隈に入って来たと
       いうことだろう。街中でも以前のL.A.がごときヒスパニックがたくさんいる光景が見える。

2001年アメリカが変わった日
       朝9時半のアポイントでニューヨークのクウィーズ区で引越作業の立会いに行く途中
       G.W.Bridgeを渡りきったところでラジオのニュースが「ワールドトレードセンターに小型機が
       衝突した」というニュースが流れてきた。「あんなところ飛行機が飛ぶところではない」と思
       いつつもニュースを聞きながら目的地に向かって走っていた。 トライボローの橋の料金所
       を過ぎた当たりからワールドトレードセンターが真っ黒な煙を西から東に吹き流しているの
       が目に入った。 「これは大変なことが起きている」という実感はあった。 お客さんの家に
       は9時半きっかりに着いた。「ワートレのビルに飛行機が衝突して今大変なことになってい
       るが知っているか」聞いたところ、「引越し当日なのでテレビはケーブルを抜いて友達に譲
       る準備になっているので見ていない」ということだった。「取り出して接続してニュースを見
       ましょう」と言ってテレビをセットしてニュースに見入った。私が通った直後にG.W.Bridgeを
       初めとするほとんどのトンネルや橋が通行止めになった。作業のトラックももたもたしてい
       たからその通行止めにひっかかって迂回をせざるを得ず、その迂回も距離にして60−70
       kmの遠回りだったが道路が交通が混乱していたため現場に着いたのは午後の2時を過
       ぎていた。実に5時間遅れであった。それから作業を始めて、それでも夜の8時には仕事
       が終わった。「帰り道はさぞかし道路が混雑して2時間くらいは掛かるだろう」(通常は1時
       間)と覚悟して高速に乗った。前にも後ろにも全く車が走っていない。「まさか俺は高速を
       逆行していないだろな!」と心配になったくらいである。 当日は会社も何も昼には全部が
       閉まって皆早々と家に帰り、ニューヨーカーは外に出る者がいなかったようだ。グランドゼ
       ロを除いて・・・
       私はそれ以外の影響は受けなかったが、知人でワートレのビルの隣に事務所があった人
       はビルが被害を受けて使えずなんと「1年間」もの間「自宅勤務」を命じられたという信じら
       れないような話もあるくらいワールドトレードセンターの惨事は各方面に影響を及ぼした。
       実際に色々な被害にあった人の気持ちを思うとブッシュ大統領がアフガニスタンやイラク
       に戦争を仕掛けざるを得ない気持ちも理解できないではない。 しかしながらその戦争によ
       って何の罪もない一般市民が何万にも犠牲になるのは別の話で困ったことである。
       私に言わせればサダムの往生際の悪さが今の混乱を長期化させているのではないかと
       思う。 潔く戦って戦死でもしていれば状況は変わっていただろうが、司令官が捕らえられ
       て2年間もの間生きていたことが残党を元気付けてしまい、それが今まで尾を引いてい
       る、と思える。残党に武器弾薬を提供している者(国)があるわけでそれを突き止めて補
       給路を断たない限り終わりはないだろう。


2005年退職
       時期的、期間的に次の赴任地に動く時であったが、日本の本社への転勤辞令が出た。
       すでに20年間外国暮らしの連続であり、子供達もニューヨーク生まれとドイツ生まれで日
       本のことは2年に一度一時帰国時にちょっと知る程度であるため子供たちが社会人になる
       まではアメリカで生活をしようと決めて本社に退職願いを出した。

2005年独立し会社を設立
       今までの引越業界とも物流業界とも全く畑違いのIT、メディア・コンテンツ系の制作会社
       である。 右欄のAMAZONのアイコンをクリックするとその製品の一部を見ることができる。

●引越し25年のプロが
書く本音の話、 だからためになる…
●引越し会社を辞めて独立し別の事業を立ち上げた今だから書ける本音
●アジア、アメリカ、ヨーロッパ駐在で引越しをした経験からグローバルな観点で引越しを語る
●これだけ知っていれば10万円は楽に節約できる話
●しかも安かろう悪かろうではない!
●業者の選び方
●会社は大きければ良いか?
●市内引越しと違い海外引越しは会社が費用を払うがそれでも業者は選びは大切
●ここでは特に海外引越しに付いて語る
人生の引越し回数
見積もりの話
正直申告は業者の・・・
大手と中小どっち?
引越会社の広告費は
      お客が払う
人件費の違いはサービス
      の違い
梱包資材の使いかた?
梱包をさせられる客?
荷解きをさせられる客?
引越屋泣かせの客?
荷物の破損と紛失は
      なぜ起きる?
荷物の量の違い
紛失 
倉庫内の 取扱い 
101箱のはずが、
      なぜ100箱?
ビッグトラブルの話-1
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不注意が会社を辞める羽目に
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アメリカ→日本 自動車輸送
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